サンガの寅さん

中学生が理解、批判できる、をモットーとしていますが、記事が健全な中学生には、不適切な内容のこと、もあります

インセンティブ

「核のゴミ」の最終処分場の選定に向けてのNUMO=原子力発電環境整備機構による「文献調査」に応募している、北海道寿都《すっつ》町で、26日に町長選の投開票が行われ、調査を継続し、国からの交付金を地域の振興に役立てたいと訴えていた現職の片岡春雄が、当選した。投票率は84.07%で、1135票と900票。住民の間でしこりが残るのでは、と懸念されている。

この報道に接して、マイケル・サンデル『それをお金で買いますか』(ハヤカワ文庫2014)に記されていたエピソードが連想された。

 ……核廃棄物処理場の候補地に指定された場所の一つが、スイス中央部のヴォルフェンシーセンという小さな山村(人口二一〇〇人)だった。一九九三年、この問題をめぐる住民投票の直前に、数名の経済学者が村民調査を実施して、連邦議会がこの村に核廃棄物処理場を建設すると決定したら、処理場の受け入れに賛成票を投じるかと質問した。その施設は地元に押し付けられるお荷物だという見方が広がっていたにもかかわらず、ぎりぎり過半数(五一%)の住民が受け入れると回答した。どうやら、国民としての義務の意識がリスクにまつわる懸念を上回ったようだった。つづいて、経済学者たちは〈アメ〉をつけくわえた。連邦議会があなたの村に核廃棄物処理場の建設を提案するとともに、村民一人ひとりに毎年補償金を支払うことを申し出たとしよう。そのとき、提案に賛成するだろうか?

 結果として、賛成は減り、増えることはなかった。金銭的な誘因を追加したせいで、受け入れると回答した住民の割合は五一%から二五%に半減した。金銭提供の申し出は、予想に反して、核廃棄物処理場を引き受けてもいいという人々の気持ちに水を差したのだ

                            (一六七~八頁)

片や様々な要因がある町長選であり、片や直接民主制が確立されていて、単一課題でのものです。そして地域への交付金と、一人ひとりへの補償金という違いがありますが、市場主義が入り込んでいる、とみなしてよいでしょう。