ヨブ記 現世的な祝福

 旧約聖書にある『ヨブ記』を読みました。ユダヤ文学の最高作とされていて、後世に大きな影響を与えた、と言われています。様々な文学や思想関連の作品にインスピレーションを与え続けている、とも言われています。私も、『ヨブ記』について書かれた書籍を読んだことがあります。

 しかし、旧約聖書は拾い読みしたくらいで、物語化した要約的なものや、解説書のようなもの、でしか触れたことはありません。もちろん、タルムードには目にしたことさえありません。だから、ユダヤ教に関しては、何も知らないに等しいです。

 それからキリスト教イスラム教がうまれてきた、一神教の大本で、モーセ十戒と律法中心の生活、神との契約と選民意識、メシア(救世主)と神の国、というイメージを持っているだけです。

 この程度の知識ですから、しっかりとは読み込めていない、とは思いますが、読後感は、「これって、何が宗教的なの?」というものでした。キリスト教には、弱者の救済がありますし、イスラム教では、アッラーへの信仰に生きたものが天国へと導かれ、仏教は、煩悩による苦からの脱却し、悟りを開いて涅槃へと、儒教であっても、仁と礼による為政(善政)を敷くことで、民が思い煩うことなく安心して暮らす、といった「苦しむ者に救いを」に根差したものがあります。ヨブ記には、そのようなものを感じることができません。神は苦難をもたらしたり、祝福する存在です。

 以下、私の読み取ったあらすじです。
 
 ヨブという人がいまして、無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きていました。妻と七人の息子、三人の娘を持ち、羊七千匹、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ロバ五百頭の財産があり、使用人も非常に多かった。彼は東の国一番の富豪でした。
 ある日、主の前に神の使いたちが集まり、サタンも来ました。主は「わたしの僕《しもべ》ヨブは無垢な人で、神を畏れ、悪を避けて生きている」とたたえるのですが、サタンは「ヨブの一族は、多くの財産と幸福を手に入れています。それを祝福だとしているだけですので、それらを奪ってしまえば、あなたを呪うにちがいありません」と答えました。主は「それでは、彼のものを一切、お前のいいようにしてみるがよい。ただし彼には、手を出すな」と言いました。
 サタンは、ヨブの息子と娘、財産と使用人を奪いました。残ったのは彼とその妻だけです(報告に来た四人も?)。それでもヨブは地に伏して「わたしは裸で母の胎《たい》を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名《みな》をほめたたえられよ」と言いました。
 またサタンは、ヨブの頭のてっぺんから足の裏まで、ひどい皮膚病にかからせました。ヨブは灰の中に座り、素焼きのかけらで体中をかきむしります。彼の妻は「どこまでも無垢でいるのですか。神を呪って、死ぬ方がましでしょう」と言い、ヨブは「お前まで愚かなことを言うのか。わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか」と答えました。
 サタンは自分の考える役目を果たしたのです。ヨブは自分の生まれた日を呪い、暗黒と死の闇を望む、と嘆きました。神により滅ぼされるのを望みます。
 そのあらましを伝え聞いた三人の友人が、ヨブのもとへお見舞いに訪れます。「ひどい目にあったよね」という感じでしょうか。「これも神による罰なのですよ、あなたも気づかぬうちに罪を犯しているのだから、身を慎まなければいけません」と言い、それにヨブは「わたしは罪を犯しておらず、神を畏れ、義《ただ》しく生きています」と答えました。三人とヨブによる対話というか独白は長々と続きますが、このような平行線のままのすれ違いです。
 ヨブは主に問いかけます。「なぜ試されるのか」と。主なる神は「神の御業の計り知れなさ」を強調しました。「全能者と言い争う者よ、引き下がるのか。神を責めたてる者よ、答えるがよい」。ヨブは「わたしは軽々しくものを申しました。どうしてあなたに反論などできましょう。わたしはこの口に手を置きます」と答えました。
 その後も、神は自らの力を誇示し、ヨブは「わたしは塵と灰の上に伏し、自分を退け、悔い改めます」と答えました。ヨブは自らを、神の僕《しもべ》であるだけではなく、祝福されるべき者である、と信じていたのかもしれません、祝福は事後的なものであるのに。
 神は、三人の友人たちに対して、神意を忖度したため、怒りを向け、ヨブのところへ雄羊七頭ずつ引いてゆき、いけにえをささげれば、ヨブはお前たちのために祈るだろうと伝え、ヨブは祈り、その祈りは受け入れられました。そして、ヨブには以前に倍する富と幸福が授けられ、長寿を保ちました。
 
 流れとして、
 ヨブ=神に祝福されし者=富と幸福
 神による試練
 神への問いかけ
 神による一方的な和解
 再び、ヨブ=神に祝福されし者=富と幸福、の実現
 というものです。
 
 ヨブは長者であり、神の思し召しでいわれなき苦を受け、葛藤を経て神により救われます。私の浅い読みでは、これくらいの読み、しかできませんでした。しかし、不思議に思うのは、神による祝福が、世俗的な富と幸福にとどまっていることです(譬えとして、あえて、そういう物語なのかもしれませんが)。神によって、一方的に信仰を試される、ヤハウェへの信仰は、神との契約に基づくものだから、そういうものなのでしょうか。苦も幸も神の意志によって左右される、という理不尽なものなのかしら?神の意にかなっているかどうかは、現世での幸福度で表現される、という教えなのかな、と訝《いぶか》ってしまいます。

 キリスト教イスラム教は死後の天国を、仏教は死をはじめとする苦の無化を、儒教は死者を弔うことを、などのように、宗教は、畏怖している死や苦をなだめたい、という切実な願い、に端を発しているのであるから、現世的であるのとは別の世界観を示すものではないでしょうか。

陰謀論否定の困難さ

 先日、いつも行っているお店に、夕食ついでにお酒を飲みに行きました。カウンター七席ほどに座敷席があるくらいで、知らない人はほぼ来ないようなお店です。そこへ、一度誰かに連れてきてもらったことのある人が、知人と二人で来店されました。お酒を飲みながら、いろいろな話をしていると、なんと、知人の方のはじめて来た方が「陰謀論」を語り始めたのです。よくそういう話は聞くことはありますが、直接そういう人と接するのは、はじめてでした。さほど過激な様子もなく、「実はこうなんです」と言っておられるだけだったから、「そんな、アホな」と笑って、いい加減に聞き流していました。

 内容は、日本には古代にユダヤ人が来ていて、歴史を裏から動かしていて、その勢力は世界中いたるところにある、とか、COVID-19のウイルスは人為的なもので、ワクチンも益はなく、ダメージを与えるものでしかない、というようなことも。いまのロシアによるウクライナ侵攻も、ウクライナによる自作自演のプロパガンダで、アメリカの指示によるものだ、とも言っていました。もっとも、真剣に聴いていなかったので、記憶は曖昧ですが。

 帰宅してから、陰謀論は間違った認識に基づいていますが、明確な根拠がないものですから、説得的に否定することは難しいのでは、と気付きました。浮気を例にすれば、分かりやすいかもしれません。浮気が疑われた場合、したことよりも、していないことを証明する方がはるかに困難です。浮気をしていた場合は、たった一つの証拠で十分ですが、していない場合では、より多くの要因を検証しなければなりません。その証明は、ほぼ不可能で、最終的には、していない、と信じてもらうしかないのかもしれません。

 つまり、根拠があれば、疑う過程はないのです、それは確信です。一方、根拠のない「疑い」を晴らすことは、述べたように不可能です。そして、陰謀論者は「根拠のない疑い」を根拠にしているのだから、正面からの否定はできません。

 では、先にあげた「陰謀論」的なものについて、

 ユダヤ人については、交易路である古代シルクロードの東端は日本である、との説もあるくらいですから、日本にユダヤ人(教徒)が来ていても、不思議はありませんが、根付いた、とは考えられません。しかし、それでも、地下組織として存在し続けた、と言われれば「はい、そうですか」と言うしかありません。ある筋の情報によると、影の存在だから、気付けていないだけなのだとすれば、それを否定することはできません。この種の、影の支配者のようなものが歴史を動かしている、という陰謀論は、出来事を解釈するのに非常に便利です。「ユダヤ人がそのように糸を引いていたから」であらゆることに、説明がつくのですから。現実には、何かの出来事に、少しでも納得しようと思ったら、何冊かの本などを読んだりして情報を整理し、順序だてて考えなくてはなりません。しかしそれでも、全容を把握することはできません。

 COVID-19は、中国の武漢ではじめに確認され、コウモリ由来のウイルスが変異して人間に感染した、とされています。当初はウイルス研究所から感染が広がり、感染力や致死性が高いのではないか、と中国からの情報が少なかったため、疑われていました。しかし、今では、自然発生的に変異が起こった、と解釈されています。動物由来のウイルスが変異して人間に感染し、病気を発症させる、これは不確定要素で、「どうしてそのように変異したのか」とか「何が変異するものなのか」に対して答えることはできません。何も説明できないのだから、陰謀論者の最も嫌うことでしょう。

 六月九日までの、日本での感染者は901万558人で、死者は1万6814人と発表されています。身近には、どちらもいませんが、伝聞で「誰だれが」、と耳にはしています。しかし、発表されたものが、本当に感染していたのか、それによる死であったのか、について、私には判断はできませんし、専門家に説明してもらっても、そうか、と思うだけで、説明は理解できないでしょう。しかし、その説明をフェイクとして流す必要は、陰謀論によらなければ、見出せないから、その説明を信頼します。

 ワクチンに対してもです。その効用は、実感できるものではありませんが、公的機関によって検証が精査され、認証がされたものですから、自ら望んで接種しています。もし、ワクチンが、身体機能にダメージをあたえるものならば、まず、医療従事者から接種が始まったのだから、リスクもその人たちからはじまることになり、医療崩壊になってしまう可能性があります。そうなれば、世界は、今あるようには維持できないでしょう。これに対しても「世界を混乱させるために」とか反論されそうですね。

 ウクライナ情勢に関してもです。ロシアからの情報の方がより多いとは思いますが、どこまでがプロパガンダであるか、その区別がつきにくくなっています。その状況や経緯を知ろうと思えば、多くの識者の見解に触れる必要がありますし、自分なりにウクライナやロシアの歴史、ソビエト崩壊後の世界動向についても調べる必要があります(ついでに、大東亜共栄圏構想についても)。それでも「なぜ、こんな悲劇が起こったのか」「どうすれば、終わらせられるのか」は分かりません。「ウクライナの自作自演で、陰でアメリカが……」というのは分かりやすいですね。シナリオありき、で始まっているのだから、不安もありません。

 かように、陰謀論というのは、ある公式というか、図式のようなものに当てはめれば、様々な出来事をたやすく説明、納得できるものです。現実に起こっている出来事は多くの因果関係などによって、起こっているのですから、全体を把握することはできません。では、なぜ、把握しようとするのでしょうか。それは、過去から学ぼうとするためであり、悲劇を繰り返さないようにするために、です。

 極論になりますが、陰謀論自然主義と通じるものがあるのでは、と感じてます。もちろん、常に反証の可能性を検証しなければいけない、とする「反証可能性」はありませんし、論理すらありません。しかし、解を求め、それによってあらゆる現象は説明できる、という欲望は似ていると思います。

 たとえば、時間への関わり方です。時間の観念があるから、三時間後に、ある駅へ行かなければならない、とすると、何時の列車に乗って、駅までは何分かかるか、とざっくりと時間を見積もり、何分後に出れば間に合う、と予定がたてられます。時間の観念は、有用でその恩恵は大きいです。

 しかし、このケースはどうでしょう。説教される一時間と好きな人と過ごす楽しい一時間。同じ一時間ですが、時の流れは違います。これに、好きな人と過ごす楽しい二時間を加えましょう。分類の仕方は、一時間と二時間、説教の時間と楽しい時間の二通りになります。多くの人は一時間という明確な基準より、楽しい時間という曖昧なものを共通項、として見做すのではないでしょうか。しかし、自然主義者や陰謀論者は……。

セクハラ 妄想への従属

 このところ週刊文春で、細田博之衆院議長のセクハラ疑惑が取りあげられており、女性記者に「彼氏いるの?」とか電話やメールで「いまから来ないか?」と誘ったりした、などと報じられています。議員と記者の関係は仕事上のものであり、かつ、身内に属しているわけでもないのだから、どういう状況で、なのでしょうか。まさか、公の場で特定の女性に「彼氏いるの」なんて言わないだろうし、私的な雰囲気の仮想の仕事(要するに、本人がそう思い込んでいるだけ)の場で、なのでしょうか。

 電話やメールにしても、議員は簡単に、仕事相手に対して私的な用件で連絡するものなのでしょうか(議員の連絡先などは機密事項というイメージがあります)。ふつう、このようなことは、仕事上の付き合いの相手にはしない、と思うのですが、心のどこかに「議員だったらやっちゃうかも」との不信もあります。

 ハラスメントとは「嫌がらせ」のことですから、例えば、好意を持っている人から「今から来ないか」と誘われれば、予定をキャンセルしてでも行きたいものですが、そういう関係を築いていない間柄では「うっとうしい」だけです。かように「ハラスメント」は行為の受け手の主観に左右されるものなのに、「どのような関係にあるか」を考慮に入れていないために生じる、と思われます。

 セクシュアルハラスメントはさまざまなケースがありますが、頻繁にあるとされている男性による女性への行為を主に、思いつくままに。

 両性の区別は筋肉・骨・脂肪・内臓・神経などの解剖学的な質の差、にあります。特に骨格筋や体つきで明確な区別ができます。カテゴリー化がしやすいのです。老若や体形などもカテゴリー化ができますが、どこで区切るのか、その線引きは曖昧です。そして、子どもは大人になったり、体形が変わったりするように固定したものではありません。対して、性別は生物的には固定されています。しかし、これらの特徴はあえてカテゴリー化したものにすぎず、大部分の要素は共通しています。いうなれば、「あらわれ」が異なっているにすぎません。

 そして、女性では多くの人の場合、人生のある期間に生理があり、セックスによって妊娠の可能性があり、出産、授乳、搾乳などの経験の可能性をもっています。

 今まで述べたことから考えれば、平均すれば解剖学的な質の差は、女性は身体の暴力装置の機能として性能が劣り、生理や妊娠・出産といった生理的な特質があります。しかし、それらは動物的なものでしかなく、個々の女性の人間性なのではありません。それでなのに、現実では、そのために社会的な不利を強いられ、弱者に固定されやすくなっています。弱者と認識し、性対象であるとしか見ない、この立場からなされるのが、セクハラだ、と思います。

 では性対象として見なす、とはどういうことなのでしょうか。たとえば、道を歩いていて前に女性がいた場合、女性と認識しますが、女性である、と意識はしません。しかし彼女のセクシーな装いや振る舞いに目が留まれば、女性である、との意識が芽生えます。私の中に「性的なまなざし」が想起させられてしまう、とでもいうのでしょうか、本来は受動的なものです。それをあえて、女性であることを意識させるもの、を見出そうとするのが、性対象として見なすということなのでしょう。内容の薄いテレビ番組の出演者を見ている見方、に近いかもしれません。テレビ出演者はルックス的なアピールの偏差値が高い人が多いでしょうし、見るだけのメディアですから。

 関心のあり方なのです。街を歩いていて、特別におしゃれな人を探しているわけではないですが、あの柄が、あのシルエットが、と目に留まることがあります。そういえばここ最近、若い女性がDrマーティン靴を履いているのが目に留まります。これは私の関心のあり方でしょう。しかし、目に留まるだけです。しばらくすれば忘れてしまいます。普段は広角レンズなのですが、関心がひきつけられれば、その点にズームする、というイメージでしょうか。

 目に留まることへの異常な固執、があるのかもしれません。ズームへの固執と言い換えてもいいでしょう。ズームすべきものが自身のなかに具体的なイメージとしてある、とでも言いましょうか。

 先にも述べましたが、女性である、というのは、動物的特徴でしかありません。しかし、彼女は、自らを性対象としている、相対的に身体(暴力)能力の高い男性という存在と向き合わねばならず、生理があり、セックスで妊娠するかもしれない、というアイデンティティをかかえた人生を歩まなくてはいけない、ことをセクハラ男性は見ようとしません。動物的側面としてしか見なしていないのです。(性の)道具や機械のように思っているのかもしれません。私にもそうした側面はあると思いますが、問題化するレベルにいたっていないだけでしょう(そもそも、人付き合いで距離を置きがちですから)。

 ある個人と接する際に、その人の多様性の中で「女性」であることのみを見、その視座を固定化し、そこにだけ「価値」を求めてしまう、ある女性を女性というイデオロギーとして固定してしまうのでしょうね。空想というか妄想です。それらは人間のみの能力ですが、それに従うのはアニマルめいていますね。

英語は分からないのです

 今更なのですが、小学生三年生から英語教育がなされているのに、疑問を持っています。

 かつて二十代前半ぐらいまでは、英語は使えていました。その後は、零細企業に勤めていて、人付き合いもあまり好きじゃないので、いつの間にか使えなくなってしまっていました(三十年以上使っていなかったから、できなくなって当然です)。

 それはさておき、日本人が英語ができないのは、読み書きや文法中心の教育であるからだ、などといわれていますが、本当でしょうか。読む量の少なさに問題があるのでは、と思っています。私の場合ですが、春・夏・冬の休みには英語で小説を読んでいましたし、小学六年生の頃よりロック(とくにイギリスの)を好んで聴いていて、レコードを借りては歌詞を憶えていました。英語で小説を、などというと敷居が高そうですが、今もあるかは知りませんが、見開きの左ページに英語を右ページに日本語訳で構成されている便利な本があって、さほど辞書に頼らなくても通読ができたのです。時間があるからこそできたのですね。

 先ほども述べましたが、社会人になってからは、英語に触れる機会が全くといっていいくらいなかったので、自然と忘れてしまったのでしょう。いつだったか、ふと英語の本を開けてみたところ、ほとんどの単語の意味が分からない、という有り様でした。それを思い出したためか、一念発起、今月から英語学習を始めました(最近は便利ですね、本にはCDが付属していて発音までカバーできます)。そしてすぐに、壁がありました。

 たとえば、You seem tired.(あなたは疲れて見える)という文章がありますね。「あなた」が主語で「見える」が動詞、「疲れて」はあなたの状態の説明だから補語になります。SVCの構文ですね。英語ならそれでいいのかもしれませんが、日本語では不自然です。英語の文法を日本語に当てはめているだけです。

 「見える」という述語の主語が「あなた」というのはおかしいのではないでしょうか。この状況を分析(というほどでもないですが)すると、「あなた」がそこにいて、それを見かけた私には「疲れて見える」、という場面です。なぜ「あなた」が主語になるのでしょうか。あえて主語をおいて文章にすると、「私はあなたが疲れていると見える」、とならなければおかしいのでは?私の理解では、行為の主体が主語だと思うので、「私」が主語、「見える」が述語、「あなたが疲れている」が目的語(というのでしょうか)というのが正確だと思われます。だけど、こんな日本語使いませんよね。主語はいらないのです。そういえば『日本語に主語はいらない』(金谷武洋)という本がありました。未読ですが、書名だけからでも大きな示唆を受けています。

 英語話者にとっては”you”が主語であることが本当に自然なのでしょうか。それが本当ならば、英語は日本語とかけ離れたものであり、いつまでたっても「分からない」ものではないでしょうか。この”you”が主語であるという文法というか認識は、理解できるものであるとは思えません。そのようなものを、日本語の文章力が十分でない子どもたちに一律に学ばせる必要はなく、害がある、とさえ思います。

 と、このようなことを、音楽雑誌「ロッキングオン」の特異なライターであった岩谷宏が著書『僕らに英語が分からない本当の理由』で述べていなかったっけ、と頭をよぎりました。何十年か前のことで、その本もどこにあるか不明だから記憶だけで、そのようなことが書かれていたのか分かりませんが。

親鸞についての素描

 法然といえば、続いて出てくるのはその弟子親鸞になります。その仏教思想はさておき、彼の生きざまにも興味をそそられます。そのあたりを素描してゆきます。

 親鸞(1173~1263)は、その実在が疑われていた時代もあったぐらいですから、その実像はあまり知られていない、ようです。よく知られていることを、ごく一部、年表的に列挙してゆきます。

 一一八一年、後に天台座主となる慈円のもとで得度し、比叡山に入山します。比叡山といえば、僧兵なるものが有名で、武蔵坊弁慶比叡山の僧兵である、との設定になっています。にもかかわらず、学僧の場としての機能も、確固たるものだったのでしょう。でなければ、親鸞をはじめとして、法然道元日蓮などを輩出することはできません。

 一二〇一年、比叡山を下山し、六角堂で百日参籠を行い、法然への入門を決意します。

 一二〇七年、承元の法難《じょうげんのほうなん》により、法然は土佐へ、親鸞は越後へと流罪になります。直接に師事したのはこの六年間だけですが、『選択本願念仏集』の書写を許されるまでになります。

 実体験として、転機になるような重要な出来事はこれくらいかもしれません。あとは、伝道とかに類するもので、思想内容にかかわることでしょう。上記の年代をもとにラフなスケッチを試みます。

 親鸞比叡山にあったのは二〇年にも及び、その間に様々な経典に触れ、様々な行をおこなったことでしょう。そして、「悟れないことを悟り」、「煩悩具足の凡夫でしかない自分」を見出したのかもしれません。出家などできないのでは、と不安に駆られ、方向性を見失って悩み、そこで下山し、六角堂で百日参籠に入りました。この六角堂は親鸞が敬っている聖徳太子の建立《こんりゅう》とされています。さて、百日参籠の九十五日目に「女犯偈《にょぼんげ》」という夢告を受けます。

 「行者よ、もしあなたが宿報によって女犯の罪を犯さずにおれないならば、救世観音の私が玉のような女性となってあなたに犯されましょう。(そして観音の力で、あなたの犯した「罪」を浄土に往生する「徳」に転じてあげましょう。つまり、)私は一生あなたに連れ添い、あなたの人生を意味あるものにしてあげます。そして人生の終わりに臨んでは、あなたを引導して阿弥陀如来のまします極楽浄土に生まれさせてあげます。(決して女犯の罪により地獄に堕ちると恐れてはなりません)」。
   響流山勝福寺《こうるざんしょうふくじ》ホームページ

 という内容です。すごい内容ですね。煩悩がそのままで昇華される、という意味でしょうか。これにより浄土真宗では妻帯し子を持つことが、ありがたいことされたのでしょう。易行と合わせて、婚姻と子によるネットワーク的なものを介して信仰が広まった、と島田裕巳(だったと思います)は述べていました。

 また六角堂では、夢に聖徳太子があらわれ、「東山の吉水にいる法然のもとへ行き、その教えを聞け」という夢告を受け、法然のもとへはしった、とされています。そして生涯、法然の弟子である、という想いが揺らぐことはありませんでした。

 そこに〈承元の法難〉という事態が起こります。法然は念仏のみを重視する立場でしたから、弟子たちの中には「念仏さえしてればよい」と他宗派を難じるものがあらわれ、問題となり、法然は自戒の文書に弟子たちに署名させ、延暦寺へ届けます。それで治まるかにみえたのですが、後鳥羽上皇が熊野に参詣しているときに、弟子の安楽や住蓮などが念仏会を行い、そこには、後鳥羽上皇に仕える女官たちもいました。そしてそのうちの二名を出家させてしまうのです。そんな身分の人を勝手に得度してしまってはダメ、ということさえ分からないくらい人気に奢っていたのでしょう、彼らは死刑となり、法然と主だった弟子たちは流罪となってしまいました。

 法然親鸞の違いは「出家しているか、いないか」にあります。法然は出家人であり、凡夫を教えさとし、阿弥陀如来にすがって極楽浄土に往生できるよう、導いていました。一方、親鸞は出家せず俗身のままでした。つまり、凡夫として衆生と同じように救いを求めてるという道を選び、自ら念仏三昧の手本となろうとしていたようだ、と考えられます。それは、「弟子一人も持たず」という言葉に表れています。師――弟子という関係より、同じく念仏する者、としての自己規定が強かったのでしょう。また、妻帯を法然に認められ、煩悩にとらわれて「在る」ことを決意をし、恵信尼を妻としていることからもうかがわれます。

 最後に、親鸞は「妻帯肉食」を犯した破戒僧でもありますが、仏教では「妻帯」は、煩悩の原因とされているので禁じられていますが、「肉食」は、お布施にたよって、世間に生を預けていたゴータマ・ブッダの仏教では、お布施でいただいたものは、ありがたく受け取っていたのだろうから、特に肉食が禁じられてというわけではないでしょう。

熊谷直実と専修念仏

 〈鎌倉殿の十三人〉つながり、というわけでもないのですが、治承・寿永の内乱(源平合戦)での源氏側に熊谷次郎直実という興味深い武者がいました。源義仲勢を滅ぼした源頼朝軍は、後白河法皇院宣を受け、西国で勢いを盛り返した平家を追討にむかい、一ノ谷を攻撃しました。そのころの坂東武者です。

 以下の概要は、阿満利麿『法年の衝撃 日本仏教のラディカル』(ちくま学芸文庫 2005)によります(引用というよりも要約です)。

 熊谷直実は、一ノ谷の合戦で、一子小次郎と同年であった平敦盛を討ちとったことで有名だが、それからおよそ一〇年後、五三歳の時、法然上人を訪れて出家した。出家に先だち、直実は、法然上人の弟子であった澄憲《ちょうけん》をたずね、そこで、待っている間に、直実は刀を研ぎ始めた。驚く人々に直実は、おおよそ次のようにいう。
 ここへ自分が来たのは、「後生《ごしょう》」のこと、つまり死後極楽浄土へ生まれるためにはどうすればよいのかを、訊ねるためにほかならない。もしも、切腹して命を捨てるならば「後生」が助かるということなら、自分はすぐさま腹を切るつもりで、そのためにこうして刀を研いでいるのだ、と。
 ただちに直実は、法然上人のもとへ送られ、「後生」を問いただし、法然上人は、
 「後生」が助かるか助からないかは、その人が生前どのような罪を犯したか、重い罪であったか軽い罪であったか、によって決まるものではない。ただ、念仏をすればよいのだ。極楽浄土に往生することは間違いない。ほかに特別なことはないのだよ。と答えます。
 聞き終わると、直実は泣き出し、問う上人に、いくさで多くの人の命を奪ってきた直実は、
 わが後生が助かるためには、手の一本、足の一本も切り捨てねばなるまい、いや、命さえも投出さずにはおれまい、とも覚悟していたのであるが、法然上人が申されるには、往生するには、ただ念仏さえすればよいのだ、と。これがうれしくて、あまりにうれしくて泣いているのだ、と答えた。

 源平合戦以前のいくさは、相対し名乗りを上げて行われていたようだし、それは、敵への敬意でもあり、自分はたまたまに勝ったが、打ち取られていたかもしれない、という相手への配慮が有意義であった、ということかもしれません。おそらく、この時代にそのようなものが失われてつつあったのでしょう。そのために、罪の意識が表面化し、悪に悩まされる、という事態が生まれてきたのかもしれません。そして、法然をはじめとした、鎌倉新仏教の台頭もあります。「救い」が可能である、という希望が生まれてきます。凡夫であっても出家や往生ができる、これが「悪」と向き合うことを可能にしたのだと思います。

 もともと、仏教は輪廻などに表れているように、「縁起」をその基盤に持っています。そこでは自らの意志や意図を認めず、「悪」というあらわれには、何らかの「因」があり、それらが組み合わさり縁起によって、「苦」に通ずる「果」として今に生起している、ということになります。自我とか自己は、経験として縁起が生起している場にすぎず、確固たる主体的な自己はない、としています。責任主体たる自我がないのだから、悪という行為は人に属するものではない、ともいえます。だから、かつて、「悪」を体現していたことに「苦」をおぼえ、念仏によってそれと向き合うことが可能となるのです。このような文脈で「悪人正機」を考えています。

 法然のひろめた浄土宗は、知られているように「専修念仏」で、念仏に専念(つまり、煩悩に向き合う)し、他の修行などはあえてすることはない、というものです。いかなる煩悩具足の凡夫であっても、念仏をとなえることで極楽浄土に往生できる、としています。つまり、念仏に専念していなければ、往生はできないのです。

 たとえば、早く救われて往生したい、として自ら命を絶つのは、念仏以外の方法に囚われているのだから、往生はできません。そして、悪人正機を曲解して、悪人は救われるのだから悪を行うのを正当化している「本願ぼこり」は、念仏(悪におののくことで悪と向き合うこと)を蔑ろにしています。

 しかし、極楽浄土は、死後に行き着くところです。極楽浄土に往生できたかは、死後にしか分からないのです。生きている=念仏に専念している時には、往生できるかどうかは分かりません。このような疑問を持つこと自体が、念仏=往生の妨げにもなります。救われるのを「信じる」こと以外があってはいけないのです。願いが切実であればあるほど「信じる力」はより強固なものとなります。なんだか、「世俗内出家」のようですね。

 と、煩悩まみれで、信じるよりも疑問が先に目についてしまうような、ひねくれ者による見解でした。

 壇ノ浦の戦い

 五月八日に放送されていた第18回『鎌倉殿の13人』では、〈壇ノ浦の戦い〉が描かれていました。とはいっても、見ていないのですが、以前から〈壇ノ浦の戦い〉には異様さを感じていました。

 壇ノ浦の戦いの前哨戦といいますか、一連のいくさの中に〈屋島の戦い〉というのがありました。那須与一が戦場に掲げられた扇を、矢を放ち撃ち落とした、という逸話で有名ですね。夕暮れ近くになり、休戦状態になっていた時に、平家方の女房が船に扇を掲げ、「射落としてみよ」というようなことを言いました(どれだけ声を張り上げたのでしょうか)。それに応えて、那須与一が見事に射落とし、平家・源氏双方から称賛されます。そして、称賛の意をこめてでしょうか、平家側の武者が船上で舞います。それを見た源義経は与一にその武者を入ることを命じ、命中させた、といいます。そのときの平氏側は、何が起こったのか理解できなかったのでは、と思います。掟破りだったのでしょう。休戦状態であるにしても、戦場に女房がいるくらいですから。

 そして、舞台は壇ノ浦へと移ります。源氏側も水軍を取り込んでいますが、海上での戦いを得意とする平氏に有利な条件です。そこで、大将たる義経は戦闘員でない船の漕ぎ手を狙わせます。それが史実かどうかわかりませんが、奇策を弄したのでしょう。平氏側は戦闘能力の喪失より、目の当たりにした出来事による動揺からのダメージが大きかったのかもしれません。やがて平氏の敗北が明らかとなり、武者たちは海に身を投げました。

 その平氏ですが、平清盛(1118~1181)が1167年に太政大臣になり、この前後が最盛期でしょう。清盛の正室(継室)は平時子二位尼)で、娘に徳子がいて、高倉天皇中宮となります。建礼門院徳子です。徳子は安徳天皇を生み、国母となります。

 1185年の壇ノ浦の戦いにはご承知の通り、安徳天皇二位尼建礼門院徳子もその場に居合わせていました。平氏が敗れると、二位尼は幼い安徳天皇を抱いて入水し、それを目撃した中宮徳子や女房達も後を追い入水した、と伝えられています。

 それにしても、幼い天皇たる孫を抱いて入水なんて、異常としか思えません。戦いの場で天皇が亡くなっているだけでも、一大事です。天皇が臣下に殺害されるのなんて、崇峻天皇しか思い当たりません。臣下といっても、大王家よりも蘇我氏の力のほうが大きかったようだから、天皇の座は蘇我氏の思うままだったような時代です。天皇は確立していなかった、とされています。平安時代末期だれば、天皇による体制が確立しているのだから、安徳天皇は悪くても廃位、流罪になるくらいなのに、なぜ、です。

 この「なぜ」ですが、二位尼の強烈な「憤り」が原因だと考えています。それは源氏、つまりは義経に対するものです。だから三種の神器とともに、なのでしょう。そして、その場で建礼門院は助け出され(不本意ながら?)、京へ送り返され、出家します。哀れすぎです。

そんな意味で、「判官びいき」として、義経は人気がありますが、好きになれないのです。