サンガの寅さん

中学生が理解、批判できる、をモットーとしていますが、記事が健全な中学生には、不適切な内容のこと、もあります

月の満ち欠け


岩波文庫的 月の満ち欠け岩波文庫的 月の満ち欠け感想
佐藤正午は『書くインタビュー2』(小学館文庫)で、成瀬巳喜男の映画『乱れ雲』について触れ、「この映画は噓をほんとうに見せるために注意深く、手間をかけて、細部にこだわって、物語を一から作り上げている」と評している。「嘘をほんとうに見せることに成功している」。まさに、この小説も、素晴らしい水準でそれを成し遂げている。「とことん醒めた目で」読むことは「不可能なのです」。

 キーワードは「瑠璃も玻璃《はり》も照らせば光る」。そして、照らすのは満ち欠けする月でなくてはならない。

 人妻の瑠璃さんと大学生のアキヒコ君の不倫関係になるのだが、不倫が不倫として重く、業になる前に、瑠璃さんは死んでしまう、彼女が、「月が満ちて欠けるように」、と言った言葉の余韻のあるうちに。しかし、宙に浮いた彼女の想いは、満ちては欠ける月のように見知らぬ女たちに乗り移り、受け継がれ、彼女たちは、その呼びかけに応じてアキヒコ君の存在を求める、聖女が一心の信仰と受苦によってイエスとの一体感を得たように。

 月の満ち欠けは地球の影によって起こる。地球は太陽に照らされ、月に影を落とし、それを地球から見ると、明るい部分しか見えない。影は不在、見えない・見たくないもの、陰部そして隠されたもの、として不全の象徴で、ケガレの要因ともいえる。自らの陰で目を曇らせ、美しきものを見えなくしてしまっている。

 地球はこの世で、月はあの世(想い)のたとえか、あの世はこの世の影で曇らせられる。

 地球という光への障害が外れ、太陽に照らされて、月は満ちて浄化され、その光で、瑠璃が美しく照らされ、その光がアキヒコ君に届けられた。
読了日:12月02日 著者:佐藤 正午